サービス終了のお知らせ

いつもCLIPsをご利用くださいまして、誠にありがとうございます。
このたび、運営会社である「株式会社クリップス」が改革するため、2012年より運営してまいりましたサービス「CLIPs」を、2017年3月31日(金)をもちまして終了することとなりますのでご案内いたします。長年にわたりサービスをご愛用いただきましたお客様に、心より感謝申し上げます。何卒ご理解・ご了承を賜りますようお願い申し上げます。


ClipperFile NO.005

活動名
テンシンランマンいわみん
本名
岩見透(いわみ とおる)
職業
芸人
生年月日
1984年12月14日
出身地
熊本県立八代市

介護福祉士から心機一転!大好きだったお笑いの道を目指して単身状況。全身を使ったボケ・コントで、笑いをふりまくお笑い芸人。インターネット番組をプロデュースやMCとしても活躍中です。

現在の活動について教えてください。

お笑いライブに出たり、ネット番組をやらせてもらったりしています。ネット番組は自分でプロデュースさせていただいたりもしてます。活動地域は主に、新宿・渋谷・中野あたりです。ネタもどんどんメディアに広げていけるような活動をしたいなぁと思っている最中です。

プロデュースしている番組には出演されてるんですか?

僕は、番組のエスコート役として声だけの出演です。例えばAさんという人がいたとして、その人に出演のオファーをするときは、「Aさんの番組をやりたいので、お願いします!」という感じなんです。でも、「出ましょうよ!」っていきなり言われても、Aさんはどういう番組なのかわからないじゃないですか。なので、エスコート役として僕も声だけ出させてもらったりとか。そういう意味で僕にとっては、色んな人と接することでトーク力の勉強になってます。

どんな番組を目指していますか?

出演してくれる人の長所を活かす番組づくりをしたいです。逆に、人間には短所もあるじゃないですか。それを長所に見せる番組というのもOKです。そこはそれぞれ自由に、自分でやってもらって大丈夫なんですよ。好きにやってもらっていいです。

浜田ブリトニーさんとも一緒に番組をやってますよね?

一緒に出演というのはしていないんですけど、浜田ブリトニーさんがオーナーの多目的レストランバーのオカオカハウスというお店で、「番組やりませんか?」というお話をいただいて、今ニコニコ動画の公式チャンネルでやっています。

お笑いを始めてから、どのくらい時間が経ちましたか?

僕は25歳のときにお笑いを始めるために東京に出てきて、今29歳なので、4年ですね。4年前の今ごろ、お笑いの養成所に入ったので。養成所に通ったのは1年間です。

東京に来るまでは、どういうことをされていましたか?

福祉の仕事です。高校卒業してから福祉の仕事を始めて、6年間ガッツリやりました。だから、介護福祉士の国家資格もちゃんと持っています。

意外ですね…。お笑い芸人になりたい気持ちはいつからあったんですか?

小さい時からお笑いにすごい興味はあったんです。芸人さんでいうと、ダウンタウンさん、ウッチャンナンチャンさん、志村けんさんとか。王道の番組を小さい頃から観てたんです。今も続いている番組だと『めちゃイケ』とか。「面白いな、なんでこんなに面白いんやろなぁ」ってずっと観てました。それに、人前でバカやるのって楽しいんですよね。気持ちいいというか。

お笑い芸人に惹かれながらも、福祉の仕事に就いたのはなぜですか?

僕は熊本県の出身なんですけど、『田舎あるある』みたいなものがあって。都会に出ようとする人を“囲っちゃう”っていうか、閉鎖的なところがちょっとあるんですよ。「東京に行ってもどうせ無駄だよ。田舎にいたほうが安心だし、安定した生活もあるよ」って言われて。お笑いへの気持ちは残ってたんですけど、結局諦めて、福祉の仕事に就いたんです。

そこでなぜ福祉の仕事を?

スポーツをやっていたから、人の体とかにすごい興味があったので。本当は整体師や理学療法士や、トレーナー的な仕事をしたいなぁって思っていたんですけど…。金銭的な事情もあって、断念しました。その上で、自分にとって一番望ましくて身近なところにあったのが福祉の仕事でした。学校の先生には「ダメ、無理だよ。おめぇは無理だ。なんでこんな大変な仕事を選んだんだ?」って言われちゃって。そこで逆に火がついて、「それだけしんどいなら、ある程度続けられれば、その後なんでもできるんじゃないかな?」って思ったんです。

福祉の世界で6年、結構長いですよね。

結構長いです。6年やってみて思ったのは、すごく言い方は悪いですけど、「一番好きではないことを6年続けることができたエネルギーを、一番好きなことにぶつけたら、僕はどれだけできるんだろう」ってことで。

そこで、ぶつかってみたい気持ちが生まれた?

そうです。そこで「俺の好きなことってなんだっけ?」と思ったときに、お笑いだったんです。福祉の仕事をやってるときもずっとお笑いは観てたので。

福祉の仕事をしているときは、お笑いは取り入れなかったんですか?

一緒ににらめっこしたりお散歩したりお買いものに行ったりとかしましたが、お笑いは取り入れずらかったです(笑)

人の色々な面を見てきたからこそ、お笑いをやるときの強みになる。

そうですね。実際にそれはやっぱり活きています。福祉の世界での6年間は無駄になっていません。相手がどういう感情で発言をしているのかが感覚として伝わってくるので、どういう風に返答すればもっとポップに話してくれるのかというような、会話の勉強になります。ほんとに、福祉の仕事はやっててよかったなと思ってるんです。

今は、お笑いをやりつつ、他の仕事もされてますか?

はい。やっぱりお笑いだけでは食べていけないので。お笑い以外の仕事はほとんどアルバイトって感じです。生活面では、アルバイトに助けられてる部分はデカいです。バイトだけでいうと6つくらいやってますから。

6つ!?お笑いとアルバイトの収入の割合ってどのくらいですか?

8:2くらいで、アルバイトの方が8です。月によっては5:5でトントンのときもあります。朝からバイトをして、夜ライブをやって、今日のような打ち合わせもあれば、そのあと番組があるっていう日もある。休みはないです。でも、自分への投資だと思っているので。

もっと、自分が出演する機会を増やしたいですよね。

そうですね。僕は今、アルバイトのほうがはっきり言って多いですよね。それを徐々に削っていって、芸能の仕事の方に幅を広げていきたいっていうのはもちろんあります。そういう仕事を少しずつ作っていけたらなぁと。

お笑いをやっていて、すごくよかったことや、悲しかったことはありますか?

もちろんありますよ。感動したのは、養成所時代にやった生徒たちだけのライブで、100組くらいエントリーしてる中で3位になって。芸人としてはあってはいけないんですけど、めっちゃ泣いたんですよ。周りが引くくらい。嬉しくて泣いたっていうのと、東京っていう誰も自分を知らない環境に田舎から出てきて、ネタ合わせとか色んな悩みもあって、めっちゃお客さんは笑ってくれたけど、どうなのかな?っていう中で…。3位で名前を呼ばれて、走馬灯のように色んなことが頭の中に出てきちゃって、泣いちゃったんです。泣きすぎて1位の人より目立っちゃった(笑)

それ、狙ってたんですよね?

狙ってないです(笑)そのときは、本当に嬉しかったです。終わってもずっと泣いてて、周りの芸人ドン引きしてました(笑)でも、「やってよかった、間違っていない、だって評価してくれる人がいる」って本当にわかった。

反対に、悲しいことは?

一緒に3位を獲った相方が、蒸発しちゃったことですね…。全然連絡も取れず。2回目のライブの直前だったので、結果的に一人でネタをやって散々でした。それはへこみましたね。

芸人として、これからの夢はありますか?

生涯テレビに出たいという気持ちが本当にあります。まず、目先のことでいうと、テレビに出演することですね。そして、色んな人、目の前の人を楽しませることができる人になりたいです。

お笑いを通して感動を…笑顔を届けたいっていう感覚ですか。

そうですね。やっぱりそこが、まず夢ですよね。今はネタに対して色んな反応があります。ネタの道具でドライヤー使うんですけど、「ドライヤー使ってるだけやんけ!」みたいなね。反対に、僕のパフォーマンスを生で見て、「鳥肌が立つくらい面白かった」って言われたときは本当に嬉しかったです。そういう方がいるのであれば、見せ方のひとつとして間違っていないと思うから、もっと見せ方に特化したものを色々考えないといけないなぁって今は思っています。

それをどんどん色んな人に見てもらえるように、CLIPsにもぜひ協力させてください。

はい、ぜひよろしくお願いします。自分の存在を知ってもらわないことには、僕が立っているステージでは戦いようがないです。メディアに出て初めて、そういうオファーっていいうのは起きていくものなので。CLIPsに携わらせてもらって、マジで感謝しています。

Clipsライター
インタビューを終えて
介護士からお笑い芸人という異色の経歴を持ついわみんさん。一見遠回りに見える道のりでも、お笑いへの情熱を絶やさず、今につながる学びを多く得ている姿が素晴らしいです。人の気持ちに寄り添うハートフル芸人・いわみんさんの今後の活躍に期待!