サービス終了のお知らせ

いつもCLIPsをご利用くださいまして、誠にありがとうございます。
このたび、運営会社である「株式会社クリップス」が改革するため、2012年より運営してまいりましたサービス「CLIPs」を、2017年3月31日(金)をもちまして終了することとなりますのでご案内いたします。長年にわたりサービスをご愛用いただきましたお客様に、心より感謝申し上げます。何卒ご理解・ご了承を賜りますようお願い申し上げます。


ClipperFile NO.007

活動名
HAYATO KISHIMOTO
職業
ミュージシャン・楽器演奏家・作詞作曲
生年月日
1981年9月6日
血液型
A型
出身地
徳島県徳島市

東京スクールオブミュージック専門学校在学中から大黒摩季や遠藤正明などのレコーディングに参加し、卒業後は同校講師を務めながらナレーションの仕事をこなす。2004年加入したバンド「camino」がCMソングやアニメ「鋼鉄三国志」のOP テーマに「Nostalgia」が採用され、2008年に「トミカヒーローレスキューフォース」のOP「STORY」でエイベックスからメジャーデビュー。活動の幅を海 外まで広げ、アメリカ・カナダでもライブを行なう。「camino」は2011年より活 動休止中、現在はソロアーティストとしてプロジェクトを進行中。ソロプロジェクトの他にもスタジオワーク、ナレーターやボイストレーナーとしての顔を持つ。

メジャーデビューは2008年、これまでにどんな活動を

東京スクールオブミュージックという専門学校の在学中から、大黒摩季さんとかJAM Projectの遠藤さんとかのレコーディングに参加していて、卒業後にcaminoというバンドに加入しました。デビュー後にCMやゲームの曲だとか、アニメ『鋼鉄三国志』のオープニングテーマをやりまして、2008年に『トミカヒーロー レスキューフォース』のオープニングテーマをエイベックスから出しました。そこがメジャーデビューです。caminoではインディーズ時代からアメリカやカナダなど海外でのライブも毎年行ってましたね。

現在、caminoの活動は?

2011年に活動を休止しています。長いことやっていたので、メンバー同士で話し合って一回休もうと。そこからソロ活動をするようになりました。その他にもスタジオワークなど、色々と音楽制作の現場に携わっています。

音楽はいつからやっているんですか?

ちっちゃい頃から歌はめちゃくちゃ好きでした。小学校の合唱とか。ちっちゃい頃から美空ひばりさん、島倉千代子さんなど、おばあちゃん家に行くと演歌が流れてるのを聴いてよく歌っていました。小学校4年生の頃に、母の影響で、エリック・クラプトンなどの洋楽を聴き始めまして、そこからロックにどっぷり浸かった感じです。

その頃にもう、音楽をやっていきたいと?

思いました。日本のトップアーティスト達は、武道館とかでライブやってるでしょ?あそこに立ちたい!と思いましたね。聖地ですからね!小学校の時に、絶対プロになる!って。そこで、親に「頼むからギター買わせてくれ!」って。

スムーズに買ってもらえたんですか?

いやいや(笑)当時、エレキギターって不良の代名詞でしたから。でも、お小遣いやお年玉を少しずつ貯めて、確か4万円くらい貯まったのを親にポーンと叩きつけて、「これで買わせてくれ」と。熱意が伝わったのか、結局7万円くらいのやつを買いました。そこでギターを弾き始めたのが中一の時で、その時買ったフェンダーのストラトギターは今でも持ってますね。

舞台の上に立つ感覚というのはどうですか?

HAYATO KISHIMOTOという人間を表現する場所だと思っています。中学校の時からバンドやり始めたりして、ステージにずっと立ち続けているので、ちょっと麻痺してるかもしれないけど(笑)、幸せなことだと思います。自分を表現する場所があるということと、CDを出し続けることができるのも幸せです。

つらいことはありますか?

やっぱり、若い頃はみんな通る道なんだけど…お金ないじゃないですか。大変でしょ。だからバイトして、色々大変だった頃はありますけど、それがあるから今がある。現実的に言って、音楽をやる上で大変なのは金銭面じゃないですかね。

そこで諦めない理由は?

好きだから。あとは、自分の才能に自信が持てるとか、そういうところだと思います。やり続けることってものすごく大事。実は『Naked』っていうソロアルバムを出す前は、CDなんか出す気は実はさらさらなくて。アーティストとして、ちょっと休みたかったんですよ。caminoってバンドをずっとやってきて、ちょっと僕自身精神的に辛くなってきたのとマンネリしてたのもあったし、何よりメンバーが一回離れて音楽を見つめ直す時間も必要だったと今は強く感じてますね。

そういう状況から、どうしてCDを出すことに?

あるイベントに出演したことがきっかけなんです。実はcaminoが活動休止した後に自分で曲を書いて歌ったりとかソロでちょこちょこやってたんです。そうやってたまに歌うことで、リハビリみたいな感じになってたんですけど、たまたまその会場に藤沢とおる先生がいらっしゃって、(漫画家。代表作に『GTO』など)「HAYATOくん歌わないともったいないよ、歌いなよ!ジャケット書くよ!」って言ってくれて。暗いところで体育座りして小さくなっていたのを引き上げてくれたんですよね。藤沢先生や、藤沢先生の周りの人たちが。

それは嬉しいですね。

藤沢先生がそう言ってくれてなかったらCD出してないです。本当に感謝ですね。だから、もう一回チャレンジするっていう意味でも、やらないと、と思って。実は今まで作曲ってやったことなくて、camino時代は作詞しかやってこなかったから、ソロでどこまでできるかっていうのをやってみたんですよね。それが1年くらい前。本腰入れてレコーディングしだして、ようやく2013年末に、12月25日クリスマスの日にリリースすることになりました。

曲はどうやって作っているんですか?

僕はまずパソコンで作るんですよ。Macでギターやキーボードなどを打ち込んで骨組みを作って、浮かんできたメロディを鼻歌で歌ったり、ピアノでメロディを打ち込んだりして、それを基にするんですけど、僕はアレンジできないんで・・・(笑)アレンジャーのAlchemy+さんがアレンジするっていう流れで制作してました。基本はメロディーが先であとから歌詞を乗っけるというタイプですね。そのやり方でcamino時代からずっとやってます。

どのくらい時間をかければそういうことができるようになりますか?

すぐできますよ。たぶん・・・1年も練習すればできるようになるんじゃないですかね。最近は機材とか凄い進化してるし、パソコンでよく曲を作る人も多いですよね。自分で考えたものをすぐ形にできるので、すごくいいと思いますよ!

今回出すCDは、デビューして何枚目ですか?

ソロアルバムとしては初めてで、バンドとしては7~8枚出てるかな。ちなみにソロアルバムは、12月25日発売です。

CDを出した時の宣伝って、どのように考えていますか?

正直、CD売れないですからね…。CD単体で儲けようっていうのが古いのかなってちょっと思っていて。CDはひとつの名刺代わりというか、僕の自己紹介というか…聴いて、知ってもらうためのひとつのツールとして考えてて。あとはライブでお客さんと触れ合ったりとか、一緒の会場で空気を共有するっていうか、なんだろう・・・場所を共有することが大事だなってすごく思っています。CDを買って聴いてくれるのはもちろん嬉しいんですけど、それがライブにつながるように、生の歌を聴きに来てもらえるようになるともっと嬉しいです。CDを聴いて「いいなぁ」と思ったら会場に遊びに来て生の僕の歌を聞いて欲しいですね!

今ライブはどのくらいやっているんですか?

今年は毎月アコースティックで毎月やっていきたいと思ってます。キャンペーンで地方もまわりたいとも思ってますよ。でもフルバンドとなると3か月に1回くらい。来年は、年に3~4回くらい大きなイベントをやっていこうと思っています。次の大きなイベントは2月のワンマンライブです。

オフと仕事のバランスはどういう感じですか?

オフはあんまりないですね。何してても、寝ても醒めても音楽のことを考えてるので。ヤバいですよ、マジで。病気です(笑)夢にも見るし。あとは、街を歩いてても、どっかから入ってくる音楽を聴いちゃったりとか。

夢は、どんな夢を見ますか?

ライブが近くなると夢に見るんですけど、大体ミスってるんですよ。ダメな感じ。こないだは、俺がライブやってるのにお客さんが帰って行ってるんです。「あー!」って。あとは、靴がないとか衣装がないとか(笑)

そういうのはショック受けますよね。

なんかネガティブな人間ですよね。プレッシャーかかってるんですよ。

HAYATOさんのこれからの夢は?

バンド時代に色んな地方でライブをやってた時期があったので、ソロでもやっぱり行きたいです。あとはやっぱり地元・徳島での凱旋ライブ。「こうなりましたよ、僕!」って。地元のみんなとか、いっぱい応援してくれた人に恩返しをしたいですね。今もソロを出すことになって、みんな応援してくれてるので。藤沢先生にも恩返ししたい。

10年後、20年後どうなっていたいですか?

そのときまで歌っていられるかわからないので、歌い続けられるように努力をしていかなきゃいけないと思います。あとは、武道館でのライブを実現して、そしてフジロックに絶対出たい。とにかくそこまで登りつめたい。そこで終わりじゃないですけど。ポール・マッカートニーが来日しましたけど、70歳であんなライブできますからね。負けてられないです(笑)

Clipsライター
インタビューを終えて
メジャーデビューからバンドの解散を経て、ソロへ。尽きることのない音楽への情熱と、応援してくれる人への想いがHAYATOさんをステージへ駆り立てているんですね。フジロックでHAYATO KISHIMOTOを見られる日が待ち遠しいです!HAYATOさん、ありがとうございました。