サービス終了のお知らせ

いつもCLIPsをご利用くださいまして、誠にありがとうございます。
このたび、運営会社である「株式会社クリップス」が改革するため、2012年より運営してまいりましたサービス「CLIPs」を、2017年3月31日(金)をもちまして終了することとなりますのでご案内いたします。長年にわたりサービスをご愛用いただきましたお客様に、心より感謝申し上げます。何卒ご理解・ご了承を賜りますようお願い申し上げます。


ClipperFile NO.011

活動名
まつゆう*
本名
松丸 祐子
職業
クリエイターブロガー・モデル
生年月日
1978年8月4日
血液型
A型
出身地
東京都

15歳からCMモデルとして活躍。98年よりまつゆう*として、マガジンスタイルのホームページを立ち上げ、ファッション、カルチャー、映画、音楽などの情報発信をはじめる。現在ではクリエイターブロガーとして、Twitterで19万人のフォロワーを持ち、日本国内にとどまらず海外へも活動の場を広げている。

まつゆう*さんはどんなお仕事をなさってますか?

私の仕事を一言で説明するのはとても難しいんですよね…。いろんなことをしていて、blogが流行りはじめた頃は「ブロガー」って呼ばれるようになりましたけど、それまでは「クリエイター」って言われてました。今は「クリエイターブロガー」って名乗っています。

モデルのお仕事もされていますよね。

モデルのお仕事は15歳の時からはじめて、20年になります。

歳がバレちゃいますけど。

あ、全然!今年で36歳になります。

モデルのお仕事とは別に、現在はクリエイターブロガーをされているキッカケはなんでしょうか。

私は広告モデルをやっていて、雑誌よりCMに出る方が多かったんです。CMモデルを始めた頃は、いわゆる清楚でクリーンな、ショートカットで妹みたいなキャラクターが流行っていた時代でした。私もその時、ショートカットでCMには沢山起用されたんですけど、凄く爽やかなイメージばかりで、自分の好きなことができなくて…。CMって15秒なんですけど演技が必要で、最初に演技の先生のレッスンを受けに行ったんですけど合わなくて、だったら自分で映画を見て勉強しようと思って。その時お付き合いしていたボーイフレンドも映画好きで、二人で沢山映画を見るようになったら、どんどんマニアックな作品を見るようになって、例えば古いフランス映画であればゴダールとかトリュフォーとか、日本映画であれば市川崑とか。そしたら、どんどんレトロが好きになっちゃって、60'sや70'sのファッションを好きになり、CMに出ている私と自分の趣味が乖離してきちゃったんです。清楚なイメージとは裏腹に私服は古着を着たりしたかったんですけど、オーディションに行くことを考えると古着は休みの日にしか着れなかったりして、じゃあどうしましょう…となって。

やりたい事とのギャップがでてきてしまったのですね。

そうです。そんな中、CMは出ている人が少ない世界なので、スタッフと仲良くなることが多かったんですけど、周りが皆クリエイターだったので、私はモデルじゃなくてクリエイターに憧れる気持ちが出てきたんです。そこで、妹をモデルにして自分のイメージを写真に撮りはじめました。沢山撮りためた写真があったのと、センスが良いイラストを描く親友がいたので、二人の素材を使ってフリーペーパーを作りたいと思って、印刷や制作予算を調べてみると、高すぎて無理だということが分かりました。そこで、スタッフの方々に聞いてみると、知り合いのヘアメイクさんから「ホームページってあるの知ってる?」って言われて、「インターネット上にホームページを作ると世界中の人が見れるんだよ!」って教えてくれて、私もホームページでやりたいことをやろうと思いました。

そこではじめてホームページを知ったのですか?

それまで、インターネットもよく分からなくて、知らなかったんです!それが1998年頃でした。
当時、パソコンをすぐ買いに行って、インターネットでホームページを見てみると、女の子が作っているホームページはほとんどありませんでした。見つけたのはネットアイドルの女の子たちが、ちょっとセクシーな格好をして撮影会の写真をアップしていたりとか、コスプレイヤーの子たちが自分たちの写真を撮って見せている写真館のようなサイトはありました。あとは、ホームページを作りたいけど、作れない人たちへ向けての無料の素材屋さんのページが、女性が立ち上げているホームページとしてありました。一般の若い女性がマガジン(雑誌)として情報発信しているサイトはひとつもなかったんです。そこで、無いんだったら、じゃあ自分で立ち上げよう!と思ってはじめました。『chelucy(チェルシー)』という雑誌の名前のようなサイト名をつけて、サブタイトルは『Magazine Style Home Page』にしました。雑誌みたいなホームページにしたかったんです。内容はファッション、カルチャー、映画、音楽など、私がチョイスした可愛い物をどんどん配信していきました。

自分の好きな物を配信していったんですね。

日本人は日記文化があるので、blogも日記を書く人が多いと思うんですけど、98年の頃からずっと他人に日記を読んでもらうってことをテーマに、人に語りかける口調で全て書いていました。そこが今のblogに繋がって行ったんだと思います。今はblogシステムを利用していますが、当時はHTMLのタグを使って自分でホームページの更新を行っていました。

HTMLのタグは勉強していたんですか?

本を買ってきて、無理やり書いてました(笑)。三日で作った感じです!

すごいですね!立ち上げたホームページは最初から見てくれる方がいたんですか?

徐々に徐々に増えてきた感じです。
私の本名は「松丸祐子」なんですけど、自分の名前をエゴサーチ(検索)してみると、CMに出ていた頃の新人アイドルの情報が沢山出てきたので、本名で活動すると当時の男性ファンが来てしまうのと、純粋に女の子たちが集まる場所にしたかったので本名じゃない名前を考えました。一緒にWebサイトを立ち上げた時にイラストを描く親友が本名を短縮して「よしけい」としていたので、私は「まつゆう*」にしました。途中でサイトに女の子のファンが凄く沢山ついて、男性が入り込めない雰囲気になったのと、妹がモデルをしてくれなくなったので、私が自分でモデルとして顔を出すようになって、実はモデルの「松丸祐子」だってことを公表しました。

最初ホームページを作った段階では、妹さんがモデルだったんですね?

そうです。でも途中で妹は自分の趣味と合わなくなって、自分の好きなことをやりたいと言って、卒業しました。

行動力が凄いのと、普通の人と見ている所がちがいますね。ずっと継続していて、今はメーカーとのコラボレーションなどされていますが、どういうきっかけなんですか。

blogを見てくれていたり、TwitterやFacebookなどはお店がコラボレーションしてくれたりするのもあると思うんですが、『WWD』というファッション業界の週刊誌があるんですけど、ファッションやビューティーのカテゴリーで私が記事を書いたり一般の方よりはメーカー関係の方に認知されているんだと思います。新聞も発行されていて、今もビューティー関連の連載を何年か続けています。『WWD-japan』の方では、ファッション関連の記事に時々出たり、『まつゆう*の東コレリポート』をやったり。『WWD-magazine』というのもあるんですけど、そちらにも出たりしています。

Twitterのフォロワー数は現在19万になっているそうですが、どうやって増えたんでしょうか。炎上させたりすることがあるでしょうか。

あれは私の自分の力じゃないです。私はインターネットを凄く長く続けているから、自分で言うのも何ですが、ネットリテラシーは高い方だと思っています。炎上はあんまりしないんですよ。炎上はしないし、させないし、書いちゃいけないことも分かってるし。私はTwitterが英語版の頃からやってるんですけど、放置していたら1万人くらいのフォロワーがいたんですけど、Twitter Japanができた時に、いきなりブワァ~ってフォロワー数が増えたんです。「フォロワーが増えすぎて怖い!」って呟いたら、Twitter Japanからメールが来て、実は「オススメユーザーというのを作りました。」って言われて、何だろうと思っていたら、Twitterってはじめる時はフォロワー数「0」じゃないですか、そうすると楽しくないって思っちゃうから、一番はじめに登録するとフォローできるオススメユーザーとして20人くらいが推薦されていたらしいです。今はオススメユーザー数も大量でランダムに出るようになってるんですけど、最初はユーザー自体が少なかったし、ネットリテラシーが高い人が少なかったから、男性ではITジャーナリストなどがオススメユーザーに選ばれていて、女性を選ぼうとした時に私が抜擢されたようです。勝手に選ばれていて、硬い方が多い中、女性が私ひとりだったというのもあるし、ライトなイメージのユーザーは私とガチャピンくらいしかなかったので、異様にフォロワー数が増えちゃったんです。気づいたら19万人になっていたんです。私の力で増えた訳ではないので、凄く面白いと思っています。

インターネットやTwitterをいち早く始めた行動力の賜物ですね。そこがないとチャンスだけじゃなくて、誰にでもフォロワーが増えることではないと思います。

ありがとうございます。凄く不思議だったのは、アヒル口だとは思ってなかったのに、たまたまアヒル口っぽいアイコン画像に変えたら、皆が「アヒル口だねー!」って言ってきて。当時のTwitterはいくらでもリツイートができる仕様だったので、皆に「ありがとー!!」ってリツイートを返していたら凄くバズっちゃって、悪い意味ではなく炎上しちゃたんですよ。

前に検索してみたことがあるんですけど、「アヒル口」で結構前から検索1位ですよね。

アイコン画像を変えた時に「アヒル口」って言葉がバズって、翌日ヤフーの検索ワードで「私の名前(まつゆう*)」と「アヒル口」って言葉が1位になっちゃったんです。
その後、全てのテレビ放送局からインタビューの出演依頼が来たんですけど、私はテレビに出ないと決めていたので…。

テレビに出ない理由というのは?

テレビは時々出演もしているのですが、生放送やNHKなど、ちょっとマニアックなものに出たくて(笑)。バラエティはカットされたり、キャラクターが作られてしまったりするので、私の想いと違ってしまったら困ると思っています。テレビは見るのは楽しいけど、自分が出るのはちょっと考えてしまうんです。「アヒル口」が話題になった時、雑誌の取材も端から端まで、こんなところからも来るのかぁというくらい来て、毎日が取材続きになって、ハリウッドスター達などの大変さを想像してしまいました。結局、雑誌であればインタビューされた内容を記事にしてから、発売前に確認させてもらえるので出るようにしました。テレビは内容をチェックできないので、その時は出ないようにしました。自分の伝えたいこととして「私は自分のことをアヒル口だと思ってなくて、たまたまアイコン画像がそういう感じに見えるものだった。」と思っていました。私はどちらかというと自分の口が嫌いだから、皆から「口が好きっ!」って言われると嬉しかったけど、自分では「アヒル口じゃないのになぁ~。」って言っていました。

取材が殺到した時には、寝れなかったんじゃないですか?

「アヒル口」が話題になった時は体調を崩して、半年くらいしてから一度過労になって、入院したんです。もう、休みが取れなくて…。

これまで続けている活動の中で、これはやりたくなかったなど、何か失敗談などはありますか?

ないかも?!凄くポジティブなんです。悪いことがあっても、普通だよね、と思ったり。あとは、転んでもただでは起きないぞ!と思ってるから、失敗したらそれを何かに変えるようにしてます。

失敗は成功の元ですね。活動を続けていく心得や、同じような活動を目指す若者たちへのアドバイスがあればお願いします。

何でもやってみること。面倒くさいと思ったり、義務になってしまうのは良くないので、楽しんでやることが大切。私はblogを月に4、5本しか書かないし、毎日書かなくてもいいと思ってるんです。よくblogに「毎日書けなくて、すいません。」って記事をアップしている人を見かけるんですが、それが義務になってしまっていて、最終的には嫌になって辞めちゃうと良くないと思ってます。楽しんで自分のペースで書くこと、書きたいことがある時にしっかり書くことが重要だと思います。それから、続かないから閉鎖する人を多く見かけるけど、一度開いたものは閉じずに、開けておくことが必要だと思っていて、いつまた再開したくなるか分からないし、アーカイブは実績として取っておいた方がいいと思うんです。必ずやり続けること、続けているといつか夢が叶うと思っています。これはblog以外のことでもクリエイターでも、歌手でも女優でも何でも全て共通だと思うんですけど、その人が一番ピークに来る時って、ひとりひとり違うので、若くして人気が出て有名になる人もいれば、50代になって凄く売れる方もいると思うんです。どこが自分のピークか分からないけど、諦めた瞬間にもう何もなくなってしまうことになるので、絶対にやり続けることが重要で、例えば他の仕事をしながらでも。だってもし、今日諦めて、「もう辞めました。」って言ったとしても、次の日が夢叶う日かもしれないじゃないですか!だからと言って根を詰めて「絶対やらなきゃいけない。」みたいにはならないように、楽しむ方法を考えながら続けることが大切。お金を稼ぐ手段をひとつ持って、その裏に必ず忘れないでやり続けることを持って辞めないでいれば、何でも夢は叶うと思うんです。

今後の活動や夢について、教えてください。

日本のことをもっと沢山の人たちに知って欲しいと思っています。色々な国に行くことが多く、沢山の人々とお仕事させてもらう機会が多いので、いろんな国で仕事ができるようになりたいなって思っています。今は仕事でパリに訪れることが多く、海外企画のオファーも多くなってきているので、前向きに引き受けていきたいと思っています。海外に日本のことを紹介したり、逆に日本の人たちに海外のことを知ってもらえるようにもしたい。それから、海外の方に私のことをもっと知って貰えたらいいなっておもっています。

海外でのお仕事とは具体的にはどんな内容ですか。

ハイブランドとのコラボレーションで、『Yves Saint Laurent Beaute(イブ・サンローラン・ボーテ)』のSpecial MOVIEに世界の女子ブロガー11人の中で、唯一のアジア人として出演しています。それから、『BOUCHERON(ブシュロン)』という老舗ジュエリーブランドとコラボレーションした世界のブロガー8人の1人として、トリビュートフォトストーリー作品を作ったりしたこともあります。あと、『SONIA RYKIEL(ソニア・リキエル)』、『SEE BY CHLOE(シーバイクロエ) 』、『LANCOME(ランコム)』などのアンバサダーに就任しています。最近ではフランス観光開発機構のビデオレポートに出演して、2月には公開されていると思います。

Clipsライター
インタビューを終えて
自分のやりたいことを実現できる場所として、インターネットの世界を見つけたまつゆう*さん。「何でも好きなことを見つけて楽しんでやってみる、続けることが重要!」と言えるのは、全て彼女の実体験でもあり、行動力の証でもある。国内への情報発信にとどまらず、今後は海外へと活動の場を広げて行くのが夢と言っているが、もう既に彼女は動き出している。今後の活躍からも目が離せないまつゆう*さん、貴重なお話をありがとうございました。